少し開いたときの話 2 ——— 開いた瞬間

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観光で訪れた台湾で唯物論者のわたしが悟りを開いた時のお話。

以前のお話はこちらから↓ 

あれから台湾での旅は忙しかった。

次の日には台湾がはじめての夫が合流し、ガイドブックのような観光をした。

夫が帰国してからは台中まで足をのばし、台中から帰るとまた台北での茶舗めぐりがはじまった。

滞在しているホテルの近くにある茶舗を散歩するように見て回る。

どの店も空いていて、説明から試飲、果ては近くのおすすめの料理屋まで教えてくれる店主もいた。

それはとてもうれしいのだが、肝心のお茶のクオリティーがよろしくない。

終いには、何を飲んでも食べても口の中の渋みが取れなくなっていた。

そこでふとあの店を思い出した。

台中でも色々な茶舗をめぐり、間違いないお店だとわかったのだ。

あそこに行ったらなんとかしてくれるような気がした。

そして気づいた時には、お店の中に入っていた。

客はまた、わたしだけ。

おっとわたしに気づいた店主がさらりと試飲席にうながす。

 

これまでの経緯をはなすと、苦笑いしていた。

大丈夫、ちょっと待っててという雰囲気でお茶を淹れてくれる。

淹れてくれたお茶を飲むと、またぽっと身体が温まってくる。

一煎、二煎と飲み進めるうちに、だんだんと口の渋みが取れてゆく。

ここ数日中にあったことを話していると、

「お茶の勉強もいいけれど、あなたは人生の勉強をしなければいけない。」

とまた唐突に言い出した。

…?人生の勉強?きょとんとしていると、

主:そう人生の勉強。あなたは何回も・・・何百万回も生まれ変わっている。

私:え?何百万回?(人の一生が・・・生まれ変わるのに・・・地球じゃ足りなくない?)

主:そう、輪廻っていう。あなたは誰?あなたは何?

私:(そもそもりんねってあるの?・・・)・・・わたしって何だろう?

考えてみると何でもないような、それよりも唐突な質問に頭がまわらない。

というより回りすぎて、空回りしている。

私:・・・。

主:般若心経って知ってる?お経。

私:あ、はい。お葬式とかで。

主:あれ見て何も思わない?

私:うーん。特に。でもイスラム教のコーランとか聖書とかと同じものですよね。

店主はお話にならないという表情で首を横に振る。

主:あなたは般若心経勉強したことある。忘れちゃってるだけ。

私:(え、全然覚えがないけど・・・。)・・・。

店主が店の奥から何かを持ってきた。厚めの本、お経の本だった。

主:この、観自在菩薩、菩薩はあなた。

私:・・・。ぼさつ?わたし?(あのお寺とかにある仏像みたいな?)

主:そう。あなた。

私:・・・へえ。つい間の抜けた返事になってしまう。

主:私は高校生の時に般若心経を見た時にすごいと思った。それから原始仏教を勉強した。

私:自分で?

主:そう。自分で本を読んで。

それからは紙に書いて色々と説明してくれた。内容は仏教のことだった。

自性、色、空・・・

一通り説明し終えると、

「修行して、修行。」と言われる。

ぱあっと頭に浮かんだのは誰かが滝に打たれている姿・・・もう頭がついていかない。

そう思っていると、

「そう、頭で考えてばかりいるからわからない。あなたは頭で考えすぎ。」

たしかに・・・最近ではぐるぐると考えすぎて思考が止められないときがある。

主:修行は頭で考えない。呼吸。深呼吸して。瞑想する。

私:深呼吸。それならできそうだけど。

主:あとはお経読む。読んでいるうちにわかる。思い出すから。

私:はあ。なんでこんなに教えてくれたんですか。

(1時間以上、紙に書きながら説明してくれた。)

主:あなたの心、きれいだから。

私:(え、全然きれいではないと思う・・・。)わたしみたいな人よくいるんですか?

(これは本当はいつも誰か来るとこの話をしているのか聞きたかった。)

主:たまに。・・・修行して修行。あとは自分で頑張って。

すごくわかったような、逆に全くわからないような気分で、はい、と返事をした。

よくわからないけれど、なんだかすごいことを教えてくれたような気がして、今日淹れてくれたお茶を買うことにした。

「いいよ。いいよ。」と買ってほしくないかのような素振りの店主。

帰ってお茶を淹れた時に今日の話を思い出すからというと、また苦笑いされる。

(銘柄を聞くとまたまたいいお茶だったので、小娘のわたしはちょこっとだけ買った。)

 

会計が済んだところで、店主が「最後にひとつだけいい?」と言う。

はい?と返事をするとすぐに店主がむにゃむにゃむにゃと変な呪文みたいなものを唱えだした。

唱え終えるとまるで何事もなかったかのように、

「あとは自力で頑張って!じゃ元気で!」と送り出される。

今思い出すと本当に訳のわからない場面なのだけれど、その時は、ありがとうございましたとお礼をして、私も何事もなかったかのように店を出てきてしまった。

 

一瞬の出来事だった。

 

店を出ると、店内の静けさがまるで嘘のようにうるさい・・・

あれ?おかしい。道行く人の歩みが、バイクが、車が、ゆっくりと見える。

スローモーションのように。

映画のマトリックスみたいだと思った。

えー、おかしいなと思いながらもその時のわたしは夕食を買うためにスーパーへ歩みを進めていた。

気のせいか、くらいにしか思っていなかったのだ。

ホテルに帰って寝る前に帰国した夫に電話し、今日起きたことを話した。

夫は、仏教や哲学をよく知っている。今日説明したことを話してみると私なんかより、ずっとわかっているようだった。

周りがゆっくり見えることも話した。気のせいかもしれないけれど、なんかゆっくり見えるんだと。

治るかな?気のせいかな?と聞くと、

大丈夫だよ。ちょっと疲れたのかもしれないよ。目が覚めたら治ってるよ。今日はゆっくり休んでと夫。

確かに具合が悪いわけでも、嫌な感じがするわけでもないし。そうだよね、早く寝よう。明日には戻ってるかもしれないし。じゃあ、おやすみと言い合って電話を切る。

その時点でかなり遅くなっていたので、本当にもう休むことにした。

 

本当に嫌な感じはしない。むしろ心がすとんと落ち着いている。

今まで感じたことがないくらい、静かでここちよい。

まあ、明日になれば疲れもとれるかも・・・。

 

 

予定通りあと1記事で終わります。

コメント

  1. […] […]

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